花が咲く時
- tilltillteabrunch
- 6月14日
- 読了時間: 3分
花が枯れた。
私が大事にしていた花だった。種から育てた花だ。土が乾いたら水をやり、元気がなかったら肥料をあげた。太陽の光がさんさんと照る窓辺に咲いていた。時には話しかけてみたり、笑いかけてみたりした。
花は私の救いだった。
花は変わらないから。私の変化する色々とは違って、花はいつも同じ色をしていた。その凛とした佇まいに、生きている姿に、生命に、とても励まされていた。
花との出会いは雨の夜だった。
どうしようもなく辛い出来事があって泣きながら家を目指していた帰り道だ。涙で前が見えないくらいだった。駅前を歩いていた私は前が見えず、何かにぶつかってしまった。
「大丈夫ですか?」
差し出された手、私はとることができなかった。私なんか、そんな思いが心を埋め尽くしていた。多分、相手は私をじっと待っている。涙目が恥ずかしくなり、袖で必死になって拭った。
「大丈夫です」
うつむきながら立ち上がる。大丈夫なんかじゃない。本当は助けて欲しかった。でも言えない。目の前の人を見ることができない。その人は何やらカバンをがさがさ探り出した。
「これ、あなたにあげます。僕にはもう必要ないから」
目の前の人から茶色の小袋が差し出された。訳がわからず渋っていたら、その人は私の手をとり手のひらに小袋をのせた。
「花が咲きますように、では」
その人は一礼すると立ち去った。ひりつく目元をこすりながら小袋を開けてみた。中には植物の種があった。
帰宅した私は深く考えず、種を植えた。そうした方が良い、そんな気持ちにかられたからだ。何より気を紛らわすものが欲しかった。
植木鉢なんてなかったからマグカップに植える。
それから気まぐれに水をあげていた。悲しみに飲み込まれそうな日こそ水をあげるようにした。気を紛らわす、目的はそれだけだった。涙のようにしたたる水をぼんやり眺める日々が続いた。
しばらくしてなんと芽が出た。これは、どんな植物なのだろう。興味がわいた。調べてみた結果、その花はノースポールだった。
芽が出たことでちょっとした日々の変化、楽しみができた。ノースポールの生育に必要な肥料や日光、水の量、調べてためした。ノースポールは私が手間をかけた分だけ元気に育っていく。
毎日が少し明るくなってきた。朝目覚めたらノースポールを確認する。ちょっとした変化も見逃さないように観察する。観察日記なるものもつけてみた。朝、目覚める辛さが薄らいだ気がする。
マグカップが手狭になったので鉢植えに植え替えた。土も良い土をホームセンターで買ってきた。できる限りのことをしたかった。毎日、毎日、ノースポールを見つめていた。
辛さも悲しみも消えない。そんな日、そんな時はノースポールを見つめた。ただ生きている花。大きな変化はないけれど、心に響くものがあった。
「最近、笑顔が増えたね」
職場でそんなことを言われた。
「そうかな」
「何か良いことがあったんでしょう?」
同僚は心配そうにこう言った。
「以前のあなた、沈んでいたみたいだから心配していたの。良かった」
「心配してくれてたのね、ありがとう」
同僚とはそれからよく話すようになり、仲良くなれた。ホームセンターにも通うようになったから、店員と世間話ができるくらいになった。花が呼んでくれた縁、かもしれない。
ついに花が咲いた。白く小さな花たちが可愛らしく、誇らしかった。
そしてノースポールの花は散った。不思議と悲しくはなかった。
花の種が残った。
私は茶色の小袋に種を入れて通勤カバンに入れた。そして、その時がきた。
「大丈夫ですか?」
雨の夜、駅前で泣いている女の子を見つけた。
「大丈夫」
女の子は涙を溜めた目で真っ直ぐに前を向いてそう言った。私はカバンから茶色の小袋を取り出して女の子に差し出した。
「花が咲きますように」



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