オシロイバナ
- tilltillteabrunch
- 6月14日
- 読了時間: 4分
おかしな種を見つけた。それはとても悲しい日だった。愛していた彼から別れを告げられた日。
君と一緒にいても楽しくないんだ、と。楽しくないか、あなた笑っていたじゃない。面白い動画を見て見て、とスマホ片手に肩を寄せ合ったよね。楽しそうに笑う彼を見て私もあたたかくなった。泣ける、と噂の映画。ラブストーリー、彼はすぐに泣き始めたっけ。私は物語の結末よりも彼の涙が心配になった。とどまらない涙が溢れて枯れ果てる、そのくらいの勢い。かわいいなって思ったのは内緒だ。彼は感情の波がわかりやすかった。それは決して嫌な波ではなく、笑いたい時に笑う、泣きたい時は泣くなどごく自然な心の動きだったから。
君には僕が必要がないと思う、それが確かな別れの言葉だった。君はどうして一緒に笑わないの、別れの言葉の後、そう聞かれた。私、笑っていたよ、彼は首を振った。君は僕たちが見たり聞いたりしていたモノではなくて、僕を見ていたよ、と。だってあなたが好きだから、そう答えたのに。僕は君と一緒に同じモノを見たいのに、一緒に楽しみたいのに、君と気持ちを共有したかった、彼はうなだれた。
あんなにあたたかかった心に隙間風が吹いてきた。彼は言う、君は泣かないし、怒らないし、寂しがらない、僕と居なくても良いんじゃないかな。ぴしり、心にヒビが入った。あなたがそう思ってしまうなら、もうお別れだね、私が言って、それで終わり。
私は泣かないわけじゃない、怒らないわけじゃない、寂しくないわけじゃない。彼のおかげで私はマイナスな気持ちにさよならできた。彼のあたたかさが私の心まであたためてくれたから。彼が居たからもう寂しくなかった。ふわふわと空に浮くように彼の空気に安心しきっていた。彼よりも心が表に出ないだけなのに。それが彼を寂しがらせていたなんて。
彼と本当にお別れをし、私はアパートに帰った。帰ってきて、あ、と思った。彼との出会いから今日のお別れまでがそこには詰まっていた。
寒いな、と思う。もう初夏なのに。私は深呼吸をすると大きな半透明の袋を持った。彼の歯ブラシ、マグカップ、タオル。淡々と彼の残した日用品を片付け始める。それ程多くない荷物に何か思いそうになった、けれど飲み込んでしまった。私は彼の居た形跡を消した。こんなふうに軽々と片づけられる私を見たら彼はますます悲しむのかな。
ひと息つこう、と丸いクッションに沈み込んだ。顔を埋めたらなんとなく彼の香りがした気がして急いでそこから顔を離した。所在なく目線を彷徨わせたら部屋の片隅、カラーボックスが目に入った。
彼が残したものだ。あまりにも部屋に馴染みすぎていて、あるのが当たり前すぎて、忘れていた。三段の棚、そこには彼と観た映画のパンフレットが詰められている。片付けなくては、とカラーボックスの側に寄りながら考える。
一番上の段、右から一冊ずつビニール袋に入れる。表紙だけちらり見る。開こうとは思わなかった。もう内容すら覚えてない、そんなパンフレットもあった。
三段目、左すみ、最後の一冊、彼と初めてデートをした日に観た映画のパンフレットだった。彼は私が泣いていないって言ったけれど私はその映画にこっそり泣いていた。まだ彼のあたたかさを知る前だったから。それでも開く気にはなれない。これで本当に最後、と思いカラーボックスから取り出した。
ぽとり、何か落ちた。それは黒色の丸い粒だった。パンフレットから落ちたそれは床をころりと転がった。拾い上げると粒の表面は少しゴワゴワしていた。
「もう、つっつかないでよ」
彼の恥ずかしげな声が聞こえた気がした。
黒い粒は花の種らしかった。左の手のひらに乗せて右手の人差し指でつっついてみる。
「やめて、もう、しょうがないね君は」
彼の笑い声が聞こえる気がする。
彼の背中にはホクロがあった。ホクロにしてはちょっと大きく盛り上がっていた。それをつつきながら指摘すれば彼は決まって恥ずかしそうに笑った。あんまりしつこいと怒られたっけ。
涙がぽたり、ぽたり。黒い種に染み込んでいく。



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