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本の導き人

  • 執筆者の写真: tilltillteabrunch
    tilltillteabrunch
  • 6月14日
  • 読了時間: 6分

本が光輝いて見えることがある。

しかし実際に光を放っているわけではない。

本棚に行儀良く並べられた本達。

気ままに、目的無く本棚を眺める。

ああ、光が呼んでいる。

自然と本に目が吸い寄せられて行く。

そこに読まれるべき本が存在している。


 どんな場所でも本が光る現象は起こる。図書館でも、書店でも、古本屋でもだ。光る本を見つけると嬉しくなる。そのほとんどが手にとってみて良かった、と思える物語ばかりだからだ。

 例えば光に惹かれてたまたま手にした本が、以前読みたかった物語であることがある。題名が思い出せず、やきもきし結局諦めた本だったりする。

読んでみて、よくわからない、正直難しく理解し難い物語もあった。しかし数年後、その本を読んで良かったと思える瞬間が来る。その本を通じて知り合い、友人になれることがある。あの物語は、ああいう意味だったのか、と腑に落ちる瞬間も来る。そういう時、僕は嬉しくなる。

 全く知らない、初めて見る本もそうだ。その時悩んでいた事柄が、その本によって解決へと導かれることもある。

 まるで何かに誘われていく感覚だ。花に誘われる虫達のようにふらりと近づく。光を放つ本、僕は必ず借りる、あるいは購入するようにしている。時に手痛い出費でもある。それでも、光る本を信じて手元に置く。


 ある日、馴染みの書店に行った時のことだ。入り口に張り紙がしてあった。今年一杯で店を畳みます、今までありがとうございました、とあった。僕は悲しみに沈んだ。この書店では光輝いている本をたくさん見つけられた。どの書店よりも僕は気に入っていて、安らぎを得られた。

 もっと僕が本を購入できたら、書店に貢献できたのに。読みたかった本と辛い悲しみも抱えて僕は書店のドアを開けた。すると書店のショーウィンドウの前に座り込んでいる人物がいた。ウィンドウに寄りかかり膝を抱えて鼻を啜っている。頭は膝の上に突っ伏しており顔は見えない。


 「あの、大丈夫ですか?」


 僕は普段こんな風に声をかけることができない。基本的に人は怖い、というのが僕だ。それでも、もしかしてと期待があった。ここで、まさにこの書店の前でこんなに落ち込んでいるなんて。この人も僕と同じではないか。僕のようにここが閉店するのを残念がり、悲しみに染まっているのかもしれないと。


 「……大丈夫か、だと?」


 ドスの効いた声に飛び上がりそうになった。ガバッと上げられた頭が、顔が目に入り、思わず後退りしてしまった。髪は染めてあるのか古い紙の色、セピア色をしている。少し長めの髪を無造作にうなじの上あたりで一本に結んでいる。さらに耳はピアスに溢れていた。痛々しくもあるピアス達。中でも薄い長方形をした不思議な色合いのピアスが目を引いた。冬の朝、そんな風合いだ。全体は銀色で所々雪のような白い斑点が見られる。きりりと引き締まる新雪、身を切る冬の朝の風を思い出し、身が引き締まる。不躾な視線に気付いたのか思い切り睨まれ僕は縮み上がった。


 「い、いえ! こんな冷える日です、よ? 風邪をひいてしまいますよ……」


 ふん、と不機嫌に息を吐かれた。


 「やってられっか! ふざけんじゃねぇ!」


 ぎゃっ、と悲鳴を上げて僕はみっともなく尻餅をついた。そのくらいの大声だった。あまりにも無様な姿に呆れたのか、怒鳴った彼が僕を心配した。立ち上がり僕の方へ身体を向け、しゃがみ込んだ。


 「おい、悪かった。いきなり怒鳴っちまってさ。俺は今ものすごく悲しくて怒っているわけ。だから許してくれ」


 と言って片手を差し出された。僕は咄嗟に手の汗を、着ていたシャツで拭った。やっぱり、手汗が気持ち悪い、拭いてよかった。そしてその手を差し出された彼の手に伸ばした。すると彼はぐいっと僕を強い力で引っ張り上げた。細身なのに、僕より背は低いのに、強かった。


 「ありがとう。……あ、の、どうしてあなたは悲しくて、怒ってらっしゃるのか、お聞きしても良いですか?」


 彼は顔を歪めて悪態をついた。


 「気持ち悪い、普通に話せ。まあ、良い教えてやる。あのな、その、笑うなよ?」

 「わかりまし……、わかったよ。笑わない。教えてほしいな」


 言おうか言うまいか迷っているらしい。散々悩んで早口で答えた。


 「この書店がよ、今年一杯で閉めちまうんだと。ありえねぇ。俺、これからどうすりゃ良いんだ、そう思ったら虚しくて悔しくて……笑うなっつったろ!」


 僕は嬉しく笑ってしまった。なんだ、彼もこの書店が大好きなだけなのだ。


 「どうせ似合わないとか思ってんだろ?」

 「違う、僕も悲しくてどうしようもなかったんだ。君も同じみたいで嬉しくてさっ」


 彼は目を見開き、顔を僕から背けた。途端に心が近くなった気がした。増していく親近感。


 「何、おまえも同類か。珍しいな。全く辛いよな、行き場を無くした俺達はどうすりゃ良いんだか」

 「駅前に大きな本屋があるだろう? そこはどうだろう?」


 僕は彼から返ってくる言葉がなんとなくわかっていた。


 「あ? あそこは広すぎんだよ。落ち着かない。先客も大勢、居場所がねぇよ、そうだろ?」


 思った通りの答えに僕はますます嬉しくなる。


 「そうだよね、この書店にしかない良さがあるんだから、他の場所じゃあ落ち着かないよ」

 「ああ、ところでおまえ専門、何?」


 専門、好きな本のジャンルか。迷いに迷い、僕は答えた。


 「僕はファンタジーかな。あの異世界への没入感、始まっていくワクワク感は何者にも変えられない体験だよ」

 「ほう、夢想家か。夢を与える、か。初めて会うな。通りで浮ついたやつなわけだ。俺は導き人だ」

 「導き人、つまり案内人、何か指南書かな。あっ、実用的な本とか。なんだか言葉を紐解いていく、もしかして君ってミステリー好き?」


 こんな風に僕らは仲を深めていった。時々、あれ、とかわからない話があった。でもきっとミステリー好きな彼の謎掛けみたいだった。楽しい時間だった。いつまでも話せそうだ。書店のショーウィンドウの前に並んで陣取り。本や書店の会話を続けた。


 「ねぇ、そのピアスってもしかして、本に挟む栞、イメージしてる?」

 「そりゃそうだ、栞だろ。俺達は部署ごとに色違いで着けている。あ? そういえばおまえ、着けて、ない……」

 「僕はピアス、憧れるけれど怖いなあ。ね、僕さ、この書店には秘密があると思う。あのさ、本が光るってわかる?」


 彼はしばらく黙っていた。僕をじっと見ていた。気まずくて僕も黙った。彼は深呼吸をした。そしてこう話した。


 「当たり前だ。俺が光らせていたんだからな」


 ニヤッと彼は笑って言った。


 「それってどういう……」


 カラン、とドアの開く音がした。僕はドアを見た。書店の店長が僕を不思議そうに見ている。


 「君、さっきから一人で大丈夫かい? 寒いだろう、中であったまりなよ?」


 僕は勢いよく振り返っていた。もうそこには誰も居なかった。銀色の冷たい冬の風、空気が漂ってきた。空からは白い雪が降り始めた。12月の終わりの日の出来事だった。

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